早姫にはコンプレックスがあった。高校生にもなるとそれはもう膨大にあったが、その一つがお弁当であった。早姫は母の作るお弁当が嫌であった。
ある時に友達と並んでお弁当を食べていると、通りすがりの先生が興味本位にのぞきにきた。そうして友達のお弁当を見た後に早姫のを見ると明らかに表情を歪ませていたのである。
それが早姫にはとても恥ずかしかった。なので家に帰ると真っ先にその事を母に向かって責めた。
「いくら面倒臭いからって当て付けでやるな」
そう早姫が言っても早姫の母は何も言い返す事はなかった。
それが陰気臭くて、さらにイラ立った早姫は階段を踏み鳴らしながら上がり、自分の部屋に入っていった。
カバンを机の上に置いて普段着に着替えると、すぐさまベッドに寝転んだ。そうして、いつものようにスマホを片手に画面をスクロールして眺めていた。しかし早姫が本当に見ていたのはスマホではなく、今日のお弁当の事であった。早姫は指を動かしながら、心の中で母の作ったお弁当をひたすら責め立てた。
(あのお弁当、いろどりも無いし盛り付けも適当でいつもクチャクチャ。もう嫌。友達のお弁当はいろどりもあってキレイだし、高そうな冷凍食品ばかりで美味しそうだった。いいなあ。ウチのはいつも茶色だらけじゃん)
すると早姫はここで何かに気付いた。
(あれ。何でウチのお弁当は茶色ばかりなんだろう。冷凍食品って入ってたっけ)
ここで早姫は目を見開いて口に手を当てた。早姫の母が作ったお弁当のほとんどが手作りの物ばかりであったと気が付いたからである。
早姫はいつもあのクチャクチャのお弁当を食べると「美味しい」と声に出して感動していた。
他のクラスメイトで誰一人、そういう子はいなかった。それは単に自分が食い意地が張っているだけだと早姫は思っていた。
(でも何かがおかしい。あのクチャクチャのお弁当は一体、何なの)
スマホを置いて早姫は考えるようになっていた。
早姫の母は早姫を含めて、三人もの子供を育ててきた。だから子供、三人分のお弁当とそれに加えて父や祖父のお弁当も毎朝、作っている。
その事が分かったのは早姫の母と家族構成や境遇が似ている、近所のお母さんが、ふらっと家へやってきて話をしにきた時であった。
家にお客やご近所の人が来るのを早姫は嫌がっていた。特に女の人が来るのが、すごく苦手であった。なぜなら、この女の人たちは他人を詮索してくるような話をしてくるので、自分の情報が取られているようで恐かったのである。
しかし、その近所のお母さんは違った。その人が家の勝手口から顔を出して、母と話をしている時は早姫は嫌な感じがしなかった。そのお母さんからは全く嫌味な詮索をされる事が無かったからである。話す内容は早姫が苦手なお客と変わりがないのに、その人には何故か恐怖も何も感じなかった。むしろ自然で居心地が良かったのが不思議であった。
その不思議なお母さんと母との会話で毎朝、五時半に起きて五つのお弁当を作り、お互い大変であるという内容を早姫は聞いていた。二人は境遇が似ているので、会話が尽きなかったがお互いが忙しい身である事は重々承知のようでキリの良い所で話を切り上げて、さっさと帰る人であった。
早姫は今日のクチャクチャのお弁当を思い出しながら、しかめっ面をした。
(何でここまで毎朝、作ってくれる人に対して私は何も分かってあげなかったんだろう。きっと極限状態で精神的にもボロボロの状態だってあったはず。だって私がそうだから。毎日、学校へ行くのだって辛い時がある。それはあの人だって同じはず。それぐらい分かる。だって毎日、見てるから)
早姫は急に申し訳ない気持ちになった。
(それなのに私はクチャクチャのお弁当に何の意味も持たず、恥ずかしいと責めるなんて最低だった。全部、あの人への甘えだった。これで私は失敗ばかり、後悔ばかりする。もう、もとには戻せないからそれが辛い)
早姫はさらに落ち込む。
(この懺悔をあの人に話して謝っても良いだろうけど、私は自分を許せないから言い訳がましい事はしない。あの人に甘えて、最低な事をしたのは事実だ。手遅れの事ばかりで、もう取り戻せない)
早姫は目に涙を浮かべた。
(もう絶対、繰り返したくないから、この事は誰にも話さない。自分だけが肝に銘じて知っておけばいい)
こうして早姫は少しだけ大人になった。
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